【伊勢神宮】倭姫命の巡行地とその目的とは?

11月の古代史Cafe会は、
講師をお招きして、

伊勢をテーマにした
べんきょう会でした。

20161122_300

これだけの内容のべんきょう会は
あまりないと思います^^

「伊勢志摩の自然とともにある伊勢神宮」

<神話の神々と自然神を求めて>

①五十鈴川の内宮と山田原の外宮

②『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』
にみる宮中から伊勢内宮への鎮座

③倭姫命の巡行は皇威の宣布か
~巡行地「元伊勢」と斎宮のはじまり~

④草薙の剣と日本武尊の東征

⑤丹後地方の「元伊勢」と外宮の鎮座

⑤『先代旧事本紀』『風土記』にみる
伊勢志摩の古い神々

⑥夫婦岩と神武天皇の立岩(たていわ)信仰

⑦常世(とこよ)の国の自然に広がる125社

 
 
『古事記』『日本書紀』だけでなく、
『古語拾遺』『先代旧事本紀』
『風土記』も触れられるという充実ぶりです。

20161122_300_3
カラー写真の資料

その中でも、初代斎宮の
豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)と
倭姫命(やまとひめのみこと)の
巡行について。

豊鍬入姫命の巡行地は、
数は少ないものの、広い範囲に
渡っています。

20161122_300_6
クリックで拡大します

大和から出発して、遠くは吉備まで。
 
 
倭姫命は、豊鍬入姫命に
比べると範囲は狭いですが、
たくさんの土地に巡行しています。

20161122_300_7
クリックで拡大します

大和から出発して、淡海坂田宮(滋賀県)、
美濃(岐阜県)、尾張(愛知県)を経由して
伊勢に入っています。

これは、天照大神をどこに
お祭りしようかと探しているのではなく、

巡行地は、県主や稲置といった
朝廷直轄の長の場所を周っていて、

すべて意味のある場所を巡行している
とのこと。

「豊鍬入姫命と倭姫命の巡行」
といっても、放浪の旅ではなかったのでした。

20161122_300_2

では、意味のある場所を巡る目的は??
ということですが、

倭姫命の巡行は天照大神の
鎮座地を求めてのみの放浪ではなく、

有力武将を引率しての
積極的な畿内周辺の”皇威の宣布”で
あったとされる。

(田中卓氏の考えを引用 当日資料より)

 
 
天皇の威光を広く
行き届かせるために、

有力武将を連れて
まわっていたのです。

今までは、

倭姫命が巡行した

伊勢に天照大神を
お祭りすることを決めた

ということしか
捉えていなかったのですが、

そういうことだったのか!
と歴史的ストーリーを知り
古代史を深めることができました^^

20161122_300_4

 
 
 
ところで、伊勢神宮に行かれた女性が
このべんきょう会に参加してくれまして

みんなにおみやげを
買ってきてくださいました。

伊勢のサブレなのですが、

20161122_300_5
軽い食感の伊勢サブレ

これがとてもおいしくて!
感激の味なのでした^^

~*~*~*~*~*~*~*~

ブログランキングに参加しています!
クリックありがとうございます♪
にほんブログ村 歴史ブログ 歴女・女性歴史ファンへ

にほんブログ村 歴史ブログ 神話・伝説へ

【たび日記】伊勢 「倭姫宮」「尾上陵(おべりょう)」

千手観音さん

どこに行ったの?

◇伊勢神宮の別宮「倭姫宮」と
倭姫命の陵墓?「尾上陵(おべりょう)」

場所は?

伊勢の倉山田

JR・近鉄伊勢市駅、
あるいは近鉄宇治山田駅から
バスで徴古館前下車すぐ

たびの時期を教えて!

平成28年4月

「倭姫宮」のご祭神<倭姫命>について☆

image1_300

御祭神の倭姫命は、
第11代垂仁天皇の皇女で、

豊鍬入姫命から受け継いだ
2代目の斎王。

天照大御神の鎮座する
聖地を求めて、

大和から40年もの巡幸をし、
三重県伊勢市に辿り着いて伊勢神宮を創建。

エピソード☆

内宮の別宮である
「倭姫宮」の境内に入った途端、
優しく瑞々しい空気に包まれ、

倭姫命はきっと優しく
穏やかな方だったのかもと
想いを馳せました。

お宮☆

《遷宮で新しくなったお宮》
image2_300

伊勢神宮に参拝できるのも
斎王のルーツ倭姫命が
いたからこそですね。

倭姫命の陵墓?

《尾上御陵(おべりょう)》
image3_300

標識もなく刀比羅神社の
境内にあるということだけを
頼りに探したら石標がひっそりと。

倭姫宮から徒歩10分位の所でした。

鳥居の手前右側に陵墓
image4_300

倭姫宮の神職の方に伺ったところ、

ーーーーーーーーーーーーー
倭姫命御陵は参考地とされているが、
正式には比定はされていない

ーーーーーーーーーーーーー

とのことでした。