若くして、複雑な人間関係を経験することになった聖徳太子ですが、その後はみなさんのご存知の通りの華々しい業績を収めていきます。
・推古天皇の摂政になる
・遣隋使の派遣
・法隆寺(の原形)の建設
・冠位十二階を定める
・十七条憲法を作る
・新羅(朝鮮半島)に出兵の計画
バイタリティがすごい。そしてエネルギッシュ!
「ありがとう。」
(と聞こえました)(笑)
このときの聖徳太子の周囲を見てみると…
叔母が天皇(推古天皇:初の女性天皇)をしていて、義父(蘇我馬子)が権力者として政治に関わっています。
華々しい業績に戻りまして…
全て一人で成し遂げたのではないにしても、今も語り継がれる偉業の数々。
さすがです。
「ありがとう。」
(と聞こえました)(笑)
でも、よーく見ると矛盾?しているというか、気になるところがあります。
それは、
・十七条憲法を作る
・新羅(朝鮮半島)に出兵の計画
です。
どこが??
それは、また次回に☆