額田王(ぬかたのおおきみ)の難訓歌と女心

絶世の美女と言われる額田王。

飛鳥時代の歌人で、
大海人皇子(天武天皇)の妻となりますが、

その後、大海人皇子の兄の天智天皇の
后妃になります。

その額田王の難訓歌と言われる
解読が難しい歌があります。

それが、こちら。

「莫囂円隣之大相七兄爪謁気
吾瀬子之 射立為兼吾可新何本」

いかにも、難しいそうですね・・・^^;

以前、「邪馬台国の会」で、
この難訓歌がとり上げられ、
そこで興味を持ちました。

歌の読み方

「莫囂円隣之大相七兄爪謁気
吾瀬子之 射立為兼吾可新何本」

莫囂円隣之→しづまりし

大相七兄爪謁気→なせあはずあけ

吾瀬子之→わがせこが 

射立為兼→いたたせりけむ

吾可新何本→いつかしがもと

なぜこう読むのか?

「邪馬台国の会」の安本先生は
当時の歴史、『万葉集』『古事記』
『日本書紀』などあらゆる古典を
網羅されて、総合的に考えて

「こう読むのでは?」と
結論づけています。

あまりにも膨大な作業で、
初心者のわたしはただただ
「すごいなぁ・・・」と
思うばかりですが、

だからこそ、とても腑に落ちるのですね^^

歌の解読

しづまりし
莫囂円隣之→静まりし

なせあはずあけ
大相七兄爪謁気→なぜ[大兄皇子]おはずあけ

わがせこが
吾瀬子之→わが君は

いたたせりけむ
射立為兼→その木のそばに立っておられるのであろう

いつかしがもと
吾可新何本→神聖な樫の木

歌の解釈

額田王の難訓歌の解釈は、
次の通りです。

————————-
静かである。
中大兄皇子にあわず(夜が)あけ、
わが君は、触れてはならない
樫の木(女性)のところに立って
おられるのであろう。

「邪馬台国の会資料 額田王の暗号」より引用
————————-

切ない女心なのでしょうか。

触れてはならない女性とは?

“触れてはならない樫の木”と
表現された女性は、
中大兄皇子(天智天皇)の
妹と考えられています。

中大兄皇子の同母妹で、
間人皇女(はしひとのひめみこ)。

同じ母親の兄妹間の男女関係は、
古代ではタブーで、

中大兄皇子はこのタブーを
おかしていたようです。

さて、額田王は、
どんな気持ちで歌を読んだのでしょうか?

安本先生に聞いてみました^^

額田王はどんな気持ちで難訓歌を読んだのか?

安本先生は、データや古典など
裏づけのないことは発言されないですが、

ざっくばらんな場がありましたので、
聞いてみました。

「額田王はどんな気持ちで
この歌を詠んだのですか?
嫉妬ですか?」

安本先生は・・・

『女性の気持ちはわからないけど、、、
もし(先生が)中大兄皇子だとしたら、

妹の間人皇女の方が血筋もいいので、
そちらを選ぶと思います。』

血筋。
大事ですよね。

安本先生らしい?お答えを
いただきました^^

額田王の本心は・・・?

ここからは、「邪馬台国の会」で
額田王の難訓歌を学んだ後に、

気になって調べたり、
詳しい人に聞いたりしたことです。

額田王というと、

————————-
あかねさす 紫草野行き 標野行き
野守は見ずや 君が袖振る
————————-

が有名で、この歌などは、
「座興」と考えられています。

座興とは、

その場の興を添えるための遊芸・遊戯。
また、その場の一時のたわむれ。

でも、今日紹介した難訓歌は、
座興ではなく、本心を歌っている
と考えて良さそうです。

額田王が中大兄皇子を想う
その心は本心だからこそ、
わからないように
解読が難しい歌を作った

そんな額田王の女心を
想像してみるのでした^^

【神功皇后】謎多き女性に迫る

古事記、日本書紀に登場する「神功皇后」。

実在するの?
神話上の人物なの?

卑弥呼も謎が多いですが、神功皇后も謎の多い女性ですよね。

今日は神功皇后の実在に迫ってみたいと思います(^^)

▷神功皇后ってどんな人??

第14代仲哀天皇の皇后で、第15代応神天皇のお母さんです。

応神天皇を身ごもった状態海を渡って新羅を攻め、日本に帰国後出産、という刺激的なストーリーをお持ちの女性です。

▷神功皇后って実在したの?

実在を裏付け?3000ヵ所
作家の河村哲夫さん(67)は1993年、趣味の活動を始めた。九州の神功皇后の伝承地を訪ねる旅。(略)
心を捉えた理由の一つは、伝説の人物にしては伝承地の数が多すぎたことだ。
神功皇后を祭る神社に加え、伝承が由来になった地名、腰掛けたと伝わる石などを含めると山口、福岡、佐賀、長崎、大分、宮崎6県に3千ヵ所もあった。

(2015年4月25日『日本経済新聞 謎解きアカデミー』より引用)

神社や伝承の由来になった地名など、関係する場所が3000ヵ所にものぼるのは、やはりそのような女性がいたことを示していると考えるのが自然かな~と思います。

私は実在した、に一票!

▷どんな伝承があるの?

各地の伝承は記紀の記述とほぼ一致。
伝承を線でつなぐと
▷14代仲哀天皇の同行、熊襲(くまそ)討伐のため九州入り
▷神の啓示後、天皇が急死▷皇后の熊襲討伐
▷朝鮮半島の古代国家、新羅に出兵▷凱旋帰国、皇子出産—という古代の足跡をたどれた。
(同引用)

ただ記紀に書かれているだけでなく”伝承がたどれた”ということになれば、実在濃厚☆なのでは。

▷神功皇后実在説を支持

河村哲夫さん「神功皇后の謎を解く」(原書房 2013年出版)
—伝承地の足跡をたどった成果をまとめた書籍

綾杉るなさん「神功皇后伝承を歩く」上下巻(不知火書房 2014~2015年)
—2009年からゆかりの神社約110社を現地調査

▷最後に

卑弥呼だけでなく、神功皇后も私たちを惑わせますね~。

神功皇后が妊娠中に、海を渡って新羅を攻めに行った・行かない話は、

「いやいや、神功皇后のが代わりに行ったんだよ」

という説もあるそうです。

その話を聞いたとき「へぇ~!」と思いました。

古い時代の話ですが、いつも私に新鮮な感情をくれます(^^)

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【仲哀天皇】妻に死ねと言われた天皇

オトナ女子のみなさん、推理の時間です。

人が一人亡くなりました。

おそらく他殺です。

犯人は誰でしょうか?

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時間を少し巻き戻して、コトの一部始終を見てもらいますね。

今、あなたは、筑紫の香椎の宮(福岡市)にいます。

ちょっとした場にいると思ってください。

目の前には、仲哀天皇(夫)、神功皇后(妻)、建内宿禰(天皇に仕える人)の三人がいます。

これから、神がかりの儀式を行うところで、部屋は真っ暗にしました。

※神がかりとは、神が人に乗り移ることです。

今日は、神が神功皇后に乗り移ります。

このとき、仲哀天皇は九州の南にある国を討ちたいと思っていました。

そこで、神の言葉を乞い求めました。

神が神功皇后に乗り移って言った言葉は、
「海を渡った西のところに魅力的な国がある。九州南部の国じゃなくて、海外の国に行きなさい。」
でした。

それに対して、天皇は答えます。

「高いところに登ってみましたが、陸地なんて見えないですよ?海が広がっているだけです」

天皇は、「嘘つきな神だ」と思って、手元にあった琴を押し退けて黙っていました。

すると、神(神功皇后)はかなり怒って恐ろしいことを言います。

「すべてのこの国はお前の治めるべき国ではない。死ね。」

慌てる建内宿禰(天皇に仕える人)。

天皇に「琴を弾いてください。」とお願いします。

天皇はしぶしぶ、いい加減に琴を弾きました。

間もなくすると、琴の音が聞こえなくなりました。

真っ暗な部屋に火をともしてみると、天皇は亡くなっていました。

コトの一部始終は以上です。

登場人物は三人です。

仲哀天皇(夫)—死亡
神功皇后(妻)
建内宿禰(天皇に仕える人)

犯人は誰だと考えるのが妥当なんでしょうか?

capture_034

古事記には「亡くなった」と書かれていて、「殺された」とは書いていませんが、流れで考えると殺されたと解釈できるのではないかと思います。

単独犯なのか?複数犯なのか?

「実に興味深い」

みなさんはどう推理しますか?

興味深い事件なので、引き続き調査をしていきたいと思います。

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【神功皇后】強いオンナ

あなたならできますか??

夫の急死後、お腹に子供を妊娠したまま、
海を渡って海外に出兵して外国を攻めるなんて。。。

(お腹の子はのちに天皇になる子です。)

相当の決意や思いがないとできないのでは><と思います。

つ、強い・・・

きっと精神的にも肉体的にも強かったんでしょうね。

ここで伝説的な話をひとつ。

渡海の際には、お腹に石をあててさらしを巻き冷やすことによって、
出産を遅らせたとされています。

オトナの事情によりこの部分が創作だったとしても、
発想がすごいですね。

石をあててさらしを巻くって。

そして

出兵の帰路、北九州で無事出産とのことです。

めでたし、めでたし、
ってならなーい!!!

そもそも、何で妊娠しているのに、朝鮮半島に出兵したのか。

というか、朝鮮半島に行きたがっていたのは神功皇后らしいのです。

それに賛成しなかった夫(天皇)をもしかしたら暗殺したかもしれない説が・・・(怖)

これは神功皇后から目が離せない!(のは私だけ?)(笑)

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