Skypeで古代史トークしませんか?

2015年から古代史Cafe会を通して、
古代史好きの女性とお会いしてきました。

主に東京で活動していますが、
今後は、全国の古代史好きな女性とも
お話したいなと思います!^^

そこで、Skypeで古代史Cafe会を
開催したいと思っています。

Skypeとは?
無料でビデオ通話できるソフト(アプリ)です。
 
>>SkypeのHPはこちらから

 
 
Skype古代史Cafe会は、
こういう女性にオススメです。

東京での古代史Cafe会に中々参加できないけれど、

・古代史に興味がある
・古代史トークをしたい
・同じ興味を持つ仲間に出会いたい

また、全国の古代史好きな女性と
おしゃべりしてみたい関東の女性も
大歓迎です。
 
 
こういう女性もお待ちしています。

・古代史の会を主催したいと思っている
・会を主催しているけれど悩みがある

ご希望がありましたら、
一対一でのSkypeも可能です。
 
 
楽しくおしゃべりしましょう~。

「好きな時代は?」「好きな人物は?」
「最近、興味があることは?」
「どんな本を読んでいますか?」
「どこに行きましたか?」

などなど、ぜひ聞かせてください!

興味のある方はこちらにご登録の上、
ご案内をお待ちください^^

>>古代史info(メルマガ)登録はこちら

こちらのメール講座の感想をきっかけに、
やり取りさせていただいていたりします。

【メール de 古代史】伊勢志摩の自然とともにある伊勢神宮

【メール de 古代史】景行天皇と日本武尊(ヤマトタケル)

縄文人と蝦夷とアイヌ人

アイヌ人はあるシンポジウムをきっかけに
興味を持ちました。

昔はアイヌ人が日本列島全体に住んでいた、
なんて聞くと、

縄文時代も好きなわたしは、
やっぱり気になるところです。

講演会やシンポジウムで聞いたり、
古代史好きな人と話したりしていても

「いろいろな説があるなぁ」と
思いますが、

好きなようにあれこれ想像できるのは、
素人には都合がよく(笑)
楽しさにもつながります。

質問をしてみました

「邪馬台国の会」主宰の安本先生に
質問をしてみました。

※「邪馬台国の会」は30年以上続く、古代史の会です


「縄文人と蝦夷とアイヌ人の違いって何ですか?」

————————-
縄文人は、縄文時代に日本列島に住んでいた人

蝦夷は、朝廷に従わない人たち

アイヌは、蝦夷の一部の人たち
————————-

そして、次の疑問。

「アイヌ人の定義って何ですか?」

————————-
アイヌ語を話す人
————————-

端的に答えていただきました。

いろいろな説がある中で、
その輪郭が描けなかったわたしは、
スパーンと違いがわかりました。

ここから、自分なりに調べていき、
一つずつ考えていこうと思います^^

エビスは蝦夷エミシ

出雲大社で有名な大国主命ですが、
大国主命は恵比寿様とも言われています。

そのエビスはエミシが語源で、
出雲勢力は朝廷に従わず、
当時、蝦夷と言われていた
と教えていただきました。

蝦夷というと、東北のイメージがありましたが、
出雲にも畿内にも朝廷に従わない人たちがいて、
蝦夷と言われていたと聞いて、

そうだったのか~!と。

朝廷に従わない人たちは、ほかにも、
熊襲や土蜘蛛がいますね。

顔を見ているだけではわからない

縄文人顔、弥生人顔、というと、
何となく顔が頭に浮かぶと思います。

でも、
「顔、形を見ているだけではわからない」
と言うのは、尾本恵市先生(東大名誉教授)。

DNAを見ると・・・

アイヌ・琉球・本州・九州
多い—————少ない
※Y染色体DNAの多型

アイヌと琉球人が近いという結果です。


遺伝子データに基づく民族集団の系統樹
(『ヒトと文明—狩猟採集民から現代を見る』尾本恵市氏)

こちらの本に載っています。

アイヌと琉球人が近い、というのは、
見た目だけでは想像がつかず、

遺伝子データから見る系統は
新しい発見した気分になります。

実際、わたしは何も発見していませんが・・・(笑)

現在進行形の研究もあるようですので、
その結果を楽しみに待ちたいと思います。

きっかけになった本

アイヌに興味を持つきっかけになった
シンポジウムは、この本の著者の講演でした。

古代史はどれをテーマにとっても
奥が深いので、すぐにこれだ!と
結論を出すことはできません・・・

アイヌ2年目の冬。

アイヌの歴史もじっくりと
学んでいきたいと思うのでした。
 
 
 
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額田王(ぬかたのおおきみ)の難訓歌と女心

絶世の美女と言われる額田王。

飛鳥時代の歌人で、
大海人皇子(天武天皇)の妻となりますが、

その後、大海人皇子の兄の天智天皇の
后妃になります。

その額田王の難訓歌と言われる
解読が難しい歌があります。

それが、こちら。

「莫囂円隣之大相七兄爪謁気
吾瀬子之 射立為兼吾可新何本」

いかにも、難しいそうですね・・・^^;

以前、「邪馬台国の会」で、
この難訓歌がとり上げられ、
そこで興味を持ちました。

歌の読み方

「莫囂円隣之大相七兄爪謁気
吾瀬子之 射立為兼吾可新何本」

莫囂円隣之→しづまりし

大相七兄爪謁気→なせあはずあけ

吾瀬子之→わがせこが 

射立為兼→いたたせりけむ

吾可新何本→いつかしがもと

なぜこう読むのか?

「邪馬台国の会」の安本先生は
当時の歴史、『万葉集』『古事記』
『日本書紀』などあらゆる古典を
網羅されて、総合的に考えて

「こう読むのでは?」と
結論づけています。

あまりにも膨大な作業で、
初心者のわたしはただただ
「すごいなぁ・・・」と
思うばかりですが、

だからこそ、とても腑に落ちるのですね^^

歌の解読

しづまりし
莫囂円隣之→静まりし

なせあはずあけ
大相七兄爪謁気→なぜ[大兄皇子]おはずあけ

わがせこが
吾瀬子之→わが君は

いたたせりけむ
射立為兼→その木のそばに立っておられるのであろう

いつかしがもと
吾可新何本→神聖な樫の木

歌の解釈

額田王の難訓歌の解釈は、
次の通りです。

————————-
静かである。
中大兄皇子にあわず(夜が)あけ、
わが君は、触れてはならない
樫の木(女性)のところに立って
おられるのであろう。

「邪馬台国の会資料 額田王の暗号」より引用
————————-

切ない女心なのでしょうか。

触れてはならない女性とは?

“触れてはならない樫の木”と
表現された女性は、
中大兄皇子(天智天皇)の
妹と考えられています。

中大兄皇子の同母妹で、
間人皇女(はしひとのひめみこ)。

同じ母親の兄妹間の男女関係は、
古代ではタブーで、

中大兄皇子はこのタブーを
おかしていたようです。

さて、額田王は、
どんな気持ちで歌を読んだのでしょうか?

安本先生に聞いてみました^^

額田王はどんな気持ちで難訓歌を読んだのか?

安本先生は、データや古典など
裏づけのないことは発言されないですが、

ざっくばらんな場がありましたので、
聞いてみました。

「額田王はどんな気持ちで
この歌を詠んだのですか?
嫉妬ですか?」

安本先生は・・・

『女性の気持ちはわからないけど、、、
もし(先生が)中大兄皇子だとしたら、

妹の間人皇女の方が血筋もいいので、
そちらを選ぶと思います。』

血筋。
大事ですよね。

安本先生らしい?お答えを
いただきました^^

額田王の本心は・・・?

ここからは、「邪馬台国の会」で
額田王の難訓歌を学んだ後に、

気になって調べたり、
詳しい人に聞いたりしたことです。

額田王というと、

————————-
あかねさす 紫草野行き 標野行き
野守は見ずや 君が袖振る
————————-

が有名で、この歌などは、
「座興」と考えられています。

座興とは、

その場の興を添えるための遊芸・遊戯。
また、その場の一時のたわむれ。

でも、今日紹介した難訓歌は、
座興ではなく、本心を歌っている
と考えて良さそうです。

額田王が中大兄皇子を想う
その心は本心だからこそ、
わからないように
解読が難しい歌を作った

そんな額田王の女心を
想像してみるのでした^^

古代史Cafe会の楽しみ方

古代史Cafe会は、
ランチ会、お茶会のほか、
べんきょう会も開催しています。

べんきょう会の場合、
歴史を深めていただくことのほか、

同じ興味を持った女性との
出会いも楽しんでいただきたいです。

 
 
ランチ会やお茶会は、
おしゃべりだけでなく、

「古代史って楽しい」という気持ちを
共有していただきたいなと思って
場を作っています。

というのも、
古代史の説は十人十色、
一人一説の世界で、

全く同じ考えという人は
めったにいないと思います。

それが前提にありながらも、
違うところばかりにフォーカスして
ケンカっぽくなってしまう場面を
見てきました・・・
(古代史Cafe会ではなく)

古代史Cafe会では、
「違うのは当たり前」で、でも、
「古代史を楽しみたい気持ちは同じ」
という明るく楽しい女性に
集まっていただいています。

会話の展開はおもしろいくらいに広がり、
時間はあっ!という間に感じます^^


 
 
時々ブログにも書きますが、
派閥はありません。

「初めまして」の女性も、
2回目にお会いすると、
もう1年くらいのお付き合いのように
感じることもよくあります。

3回4回お会いすると、
十年来の仲間のような感覚になります。

それから、これは私の考え方ですが、

古代史Cafe会で出会った女性方が
連絡先を交換したり、
一緒に出掛けたりすることは
とてもうれしく思います。

ですので、
自由にお付き合いをしてください。

普段の生活の中で、
古代史好きな女性には
なかなか出会えないと思います。

話の合う、気の合う女性と
出会えたらそれはもう奇跡です☆

そんな出会いも楽しんでくださいね。


 
 
古代史Cafe会は、
メールレターでご案内しています。

まだの方は、こちらからご登録ください。
※女性限定です

【伊勢神宮】倭姫命の巡行地とその目的とは?

11月の古代史Cafe会は、
講師をお招きして、

伊勢をテーマにした
べんきょう会でした。

20161122_300

これだけの内容のべんきょう会は
あまりないと思います^^

「伊勢志摩の自然とともにある伊勢神宮」

<神話の神々と自然神を求めて>

①五十鈴川の内宮と山田原の外宮

②『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』
にみる宮中から伊勢内宮への鎮座

③倭姫命の巡行は皇威の宣布か
~巡行地「元伊勢」と斎宮のはじまり~

④草薙の剣と日本武尊の東征

⑤丹後地方の「元伊勢」と外宮の鎮座

⑤『先代旧事本紀』『風土記』にみる
伊勢志摩の古い神々

⑥夫婦岩と神武天皇の立岩(たていわ)信仰

⑦常世(とこよ)の国の自然に広がる125社

 
 
『古事記』『日本書紀』だけでなく、
『古語拾遺』『先代旧事本紀』
『風土記』も触れられるという充実ぶりです。

20161122_300_3
カラー写真の資料

その中でも、初代斎宮の
豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)と
倭姫命(やまとひめのみこと)の
巡行について。

豊鍬入姫命の巡行地は、
数は少ないものの、広い範囲に
渡っています。

20161122_300_6
クリックで拡大します

大和から出発して、遠くは吉備まで。
 
 
倭姫命は、豊鍬入姫命に
比べると範囲は狭いですが、
たくさんの土地に巡行しています。

20161122_300_7
クリックで拡大します

大和から出発して、淡海坂田宮(滋賀県)、
美濃(岐阜県)、尾張(愛知県)を経由して
伊勢に入っています。

これは、天照大神をどこに
お祭りしようかと探しているのではなく、

巡行地は、県主や稲置といった
朝廷直轄の長の場所を周っていて、

すべて意味のある場所を巡行している
とのこと。

「豊鍬入姫命と倭姫命の巡行」
といっても、放浪の旅ではなかったのでした。

20161122_300_2

では、意味のある場所を巡る目的は??
ということですが、

倭姫命の巡行は天照大神の
鎮座地を求めてのみの放浪ではなく、

有力武将を引率しての
積極的な畿内周辺の”皇威の宣布”で
あったとされる。

(田中卓氏の考えを引用 当日資料より)

 
 
天皇の威光を広く
行き届かせるために、

有力武将を連れて
まわっていたのです。

今までは、

倭姫命が巡行した

伊勢に天照大神を
お祭りすることを決めた

ということしか
捉えていなかったのですが、

そういうことだったのか!
と歴史的ストーリーを知り
古代史を深めることができました^^

20161122_300_4

 
 
 
ところで、伊勢神宮に行かれた女性が
このべんきょう会に参加してくれまして

みんなにおみやげを
買ってきてくださいました。

伊勢のサブレなのですが、

20161122_300_5
軽い食感の伊勢サブレ

これがとてもおいしくて!
感激の味なのでした^^

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